映画とクルマ
「レキシントンの幽霊」という村上春樹の短編集がある。ずいぶん前に買ったその本をどこで見つけたのか、(僕が洗車中の助手席で)妻が読んでいた。
その短編集には「トニー滝谷」という作品が収録されていて、10年くらい前に市川準監督で映画にもなった。
主演がイッセー尾形と宮沢りえ、音楽が坂本龍一と、なかなか魅力的なキャスティングにひかれて映画館まで観に行ったことを思い出す。
西島秀俊の淡々とした原作ままの語りと、ユニークな演出による非現実感がやけに村上春樹の文体とマッチしていて、とても印象的な映画だった。
なんだか今日はあの映画の雰囲気に無性に浸りたくなり、「トニー滝谷」のDVDを借りてきた。
あらすじはほとんど忘れてしまっていたけど、やはり良くできた映画だった。きっと宮沢りえや坂本龍一に費やしたコストを補うべく採られた演劇的な場面展開が、むしろこの作品の独特の空気感を醸し出しているのだろう。
10年前とはまた異なる印象を受けながら観ていると、主人公(イッセー尾形)の妻である宮沢りえが洗車をするシーンに。
なんと、そこに出てきたのはルノー5。
妻によると、小説では「ブルーのルノー・サンク」と書かれているとのこと。
車やバイクなどのメカニック専門のイラストレーターで、お金はあるけど華美なものは好まない主人公にしっくりくるクルマだと思う。
映画では主役級に目立つ役割を果たすクルマもあるけれど、こんな風に登場人物の”人となり”が伝わってくる脇役としてのアジを感じた。
そう言えば「マーサの幸せレシピ」にはシトロエンのXMが出てきたっけ。
偏屈なドイツ人シェフのクルマ。
「グランブルー」のFIAT 500。
ライバルのジャン・レノのクルマ。なんかコミカル。
そして「人生はビギナーズ」のW123。
やれた感じが良い。
「トニー滝谷」。
70分間の短い映画。あっと言う間に終わってしまった。
そして、ルノー5が映るのは僅か数秒のことだった。